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強相関の確率的問題における普遍法則の実験検証
理学院 准教授 竹内 一将

この世の中は確率的な事象にあふれている。製品を量産すれば、一部不良品が発生してしまうことは免れないし、世論調査では、無作為に選んだ対象者の意見からどの程度社会全体の意見を推測できるかが問題となる。保険の商品設計では、万一の事故や病気が起こる可能性を正確に予測することが鍵となる。このように確率的な問題を扱う際の基盤的知識として、科学から産業界まで広く使われているのが、統計学の中心極限定理である。中心極限定理は、何らかの確率的変数(サイコロの目、不良品か否か、など)が多数集まったとき、その和が通常、正規分布と呼ばれる分布に従うことを教えてくれる。これにより、例えば、異常な出来事(不良品や事故)が起こる確率を予測することができる。

中心極限定理は非常に強力で普遍的、つまり汎用性が高いのだが、それが使えるのは、乱数が互いに独立、あるいは相関が十分弱い場合に限られる。一方、現実の問題では、乱高下するチャートを睨んで取引を行うトレーダーなど、多数の要素が強く相関することも珍しくない。そのような場合に成り立つ、中心極限定理に代わる普遍的な分布法則はないのだろうか?

実は近年、統計物理学と数学の境界分野で、ある種の強相関の問題において、正規分布とは別の分布が共通して現れることが明らかになってきた。残念ながら実社会での例はまだ知られていないが、ある種の最適経路問題や、確率的な輸送現象モデル、また「界面成長」と呼ばれる物理現象などで、ある確率分布が共通して現れることが判明し、総称してKPZ普遍クラスと呼ばれている。通常の中心極限定理と異なり、KPZでは、実は問題設定によっていくつかのケースに分類され、それぞれのケースで固有の分布が出現するという特徴がある。例えば、界面成長、すなわち何らかの領域を隔てる境界線が動いていく状況(図の写真参照)では、界面が円形の場合と平坦な場合で別々の分布が出現する(グラフ参照)。これは理論的・数学的研究で予言された不思議な法則であるが、我々は、液晶に電圧をかけて乱流を駆動し、そこで生じる円形界面と平面状界面の凹凸の揺らぎを計測することで、KPZの普遍的な分布法則の実証に初めて成功した。しかし、KPZには、円形・平面の場合以外にも、定常と呼ばれるケースがあり、そこでも固有の分布が予言されている。我々は現在、液晶乱流の初期の界面形状を自在に制御できるシステムを開発し、定常KPZや関連する様々な分布法則の検証に向け、実験を進めている。

KPZは、強相関の様々な確率的問題の一種に過ぎず、仮にそれが解明されても、金融など実社会の問題に直ちに応用できる訳ではない。しかし、強相関かつ非線形な確率的問題は全く手が出るものではないという従来の認識が、KPZの発展によって変わりつつあるのも事実である。KPZの基礎研究によって得られる、中心極限定理とは異なる確率法則の理解は、やがて実社会の確率的問題にも有用となることを願っている。

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