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「物質科学のフロンティアとしての生命システム研究『分子ロボティクス』」
情報理工学院 准教授 瀧ノ上正浩

研究の概要

生命システムは、各スケールの階層が強く相関した動的な自己組織化現象です。つまり、ナノスケールの分子の化学反応や自己組織化が、物質やエネルギーの流れのある非平衡開放系のマイクロスケールの空間(細胞や組織)によって制御され、またその空間自体も分子の化学反応や自己組織化によって構築・制御される、という複雑に入り組んだ構造を持っています。このような複雑な現象の原理を解明するとともに、それにインスパイアされた有用な人工システムを構築することは、科学技術の大きな目標となっています。このような観点から、私は「人工細胞」の実現や、それを発展させた「分子ロボット」の構築を目指して、生物物理学的な立場から研究を行っています。


まず一つ目の研究テーマは、マイクロ流路を利用して構築した人工細胞型リアクタのコンピュータ制御システムです。細胞のようなマイクロサイズの空間で、物質やエネルギーの流れのある非平衡開放系を制御された状態で作り出すことは非常に難しいという問題があります。細胞は膜タンパク質などの高機能なデバイスで実現していますが、人間の手で容易にコントロールすることはできません。そこで、この研究では、マイクロ流路を利用した新しい方法を構築しました(図1)。マイクロ流路中に固定されたマイクロ油中水滴が人工細胞型リアクタです。水滴は油相によって隔離されているため、外界からの栄養となる反応基質を人工細胞型リアクタに取り込むことや、人工細胞型リアクタ内で生成された老廃物を排出することなどができず、人工細胞型リアクタのシステムは止まってしまいます。そこで、マイクロ流路を用いて、外界から反応基質を含む別の油中水滴を運んできて、コンピュータで制御しながら、連続的に人工細胞型リアクタに融合・分裂させて反応基質を供給するとともに、融合・分裂過程で、人工細胞型リアクタ内の老廃物を油中水滴に取り込ませて外に排出します。これにより、人工細胞型リアクタに非平衡開放系の状態を実現でき、複雑な非平衡化学反応(たとえば、リズム反応など)をコンピュータ制御することが可能になりました。これは、人工細胞内で別の生きた細胞を培養・分化制御するなどの医学分野への応用ができるとともに、電気/電子コンピュータと分子コンピュータをハイブリッド化させた新型のコンピュータ・デバイスの開発などにも応用できます。

もう一つの研究テーマは、DNAナノテクノロジーを利用した人工細胞および分子ロボットの構築と制御です(図2)。DNAは塩基配列を設計することで人工的に様々な形状のナノ構造を作ることができます。図2aは、DNAオリガミと呼ばれるDNAで作ったナノプレートを水滴界面に集積させてカプセル化し、カプセルに設計した様々な機能分子デバイスを搭載できる細胞型分子ロボット構築の技術を示しています。コンピュータ上で機能を設計してアプリをインストールするような感覚で分子ロボットを作ることができれば、非常に有用で、応用が拡がると考えています。図2bは、人工細胞を強化する新規技術です。通常、人工細胞膜として利用されるリポソームはあまり頑丈ではなく、浸透圧等の外部環境による刺激によって壊れてしまうことがありました。この研究では、Y字型DNAをユニットにしてゲル状のネットワークをリポソームの内側に裏打ちすることで、リポソームの力学的強度をあげることに成功しました(図2b)。この技術は、体内の狙った場所への薬物送達システム(DDS)に応用できると考えられます

上記の研究例を含め、水分解などの光触媒反応に用いられる・シ導体は過去40年以上無機化合物に限定されていました。このような状況で、我々は有機半導体も安定な可視光応答型光触媒になることを予見し、このことを窒化炭素(C3N4)を用いて実証しました。さらに、金属錯体の優れたCO2還元触媒特性に着想を得て、金属錯体を助触媒として窒化炭素と結合させた新たな光触媒を開発しました。安定なCO2分子を活性化するために高温高圧が必要な従来の触媒プロセスとは異なり、この複合型光触媒は常温常圧下において、可視光エネルギーを利用してCO2をギ酸へと高効率かつ高選択的に変換でき、現在のところ世界最高効率を誇っています。

以上のような、人工細胞構築や分子ロボティクスと呼ばれる研究は、将来的には、「生命とは何か?」といった問いに迫る基礎科学や、細胞を模倣した分子ロボットの開発、体内医療分子ロボットの開発、新型分子コンピュータの開発など、今後幅広い応用展開が期待されます。

図
図1. (a) 人工細胞型リアクタの概要。 (b) 人工細胞型リアクタの融合分裂の様子。
図
図2. (a) DNAオリガミによる細胞型分子ロボット。 (b) DNAゲルの裏打ちで強化された人工細胞。